昨日は稲刈り(^^♪今日は鎮魂碑除幕式
昨日は社務所はお休みですが、年末の注連縄づくりにかかせない藁を頂くために、総代長と大橋さんとお手伝いに(^^♪
最初は軽い気持ちで、運動不足解消にちょうどいいやと思いながら行ったのですが、、、
いやいや稲刈り舐めてました(@_@;)
稲刈り機があって、しかも自動で束に縛ってくれるにも関わらず、ぬかるんだ田んぼの中で身動きすら難しい中、大変な作業なのを骨身に感じました。
これを機械の無い時代は手作業で、家族総出でやっていたのかと思うと、つくづく日本は農耕民族なのだと思い知らされます。天候に左右され、台風におびえ、豊作を願い、ようやく稲を刈り、脱穀して、精米して、ようやく口にする事が出来る。これを半年がかりでやっていくんですね。
機械も道具も少なく、身近にあるもので収穫まで漕ぎ付ける。これが収穫出来ないと飢え死にしてしまうから祈りを捧げてきたのですね。
神道を知るには稲作を抜きには語れませんね。
しかもこの写真のように「はさ掛け」の形そのものが「神明造り」と呼ばれる神社の社殿の屋根の形なんですよね。ここから来てるんですね。
お伊勢さんも正にこれ!神明造り!
若宮さんも神明造り!神明社と名の付くところはほとんど神明造りなんでしょう。
こうして収穫されたお米に感謝し、祭りを行うのが11月の新嘗祭。
2月は五穀豊穣を願う祈年祭。
農作業を実際にやってみて初めてこういったお祭りの意味が実感を伴いますね。
ただ、現代人の感想としては、本来なら感謝するところなのでしょうが、作業が大変なので感謝どころじゃないという感じ。
田植えも手作業なのを考えると、ほんとに気が遠くなります。
農業人口がどんどん減るのも良くわかります。こうやって今まで目を向けなかったことに手を出すと、今日本が抱えている問題が身近になってきたりして、宮司さんや役員さんに質問したり。農業問題に俄然興味が湧いてきました!勉強してみよっと!
ということで、作業は大変でしたが、大変勉強になりました。感謝!
そして、今日は護国神社跡地に鎮魂碑建立除幕式。
こちらももちろん戦没者435柱の慰霊碑になるわけですが、これも現代の日本の問題を如実に現わしていますね。
日清・日露戦争~第二次世界大戦までの木曽川地区の戦没者の御魂435柱。
戦後75年を迎えたということは、戦争終結時に30歳前後だった方たち、一番の現役世代だった方たちのほとんどが既に他界されているということなんですね。
年々その当事者がいなくなっていく=護持運営が困難に=お墓で言うところの「墓じまい」にあたる事が今回行われました。
戦没者名簿の一覧は一宮市の博物館に収められ、旧社殿は別の寺社さんに引き受けて頂き、記名の無い慰霊碑が建ちました。
このことをいったいどれだけの方々が知ることになるのか、どう思われるのかわかりませんが、今回取り仕切られてる方たちも高齢な方が多いので、我々現役世代は恐らくほとんど気にして無いのでは?と感じてしまいます。
みんな仕事と生活に精一杯ですからね。構ってられないと思います。私も実際そうでした。
これで良いとは思いませんが、現役世代との隔絶するよりない地元自治?との壁は大きいですね。
現役世代が関わりたくなるようにするには?
現役世代が関われるようにするには?
どうしたら良いんでしょうね?
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