不定期シリーズvol.4 神社は変われるか⁉️
いよいよ不定期シリーズも、4回目となり、
前回何を書いたか、確認しないと分からなくなって来ている祢宜です^ ^
長文です。戯言です。
次回、神社を変えて行こう!と締め括りましたが、
よくよく考えたら、変われるのか⁉️の方が広く当てはまるので、そうします。
では、まず変わらなくてはいけない理由は?
こう考えると、
若宮神明社のように、財政難の神社は、まずこの財政危機を回避しなくちゃいけません。
何年か毎に社殿の改修が必要なので、その度に氏子の皆さんに御奉賛頂き、賄って来ましたが、これを続けるだけでも難しい。
何故か?
そもそも町内会も継続が難しくなって来てるから。
町内会に入りたく無いという方々が、新しく入って来た方々に多いからです。
だから、人口は横ばいまたは微増であっても町内会費は減る。とかってことが起きてるんですね。
ずっと住んでる人間にとっては、まあ仕方ないよねといった感じで払っていても、新しく引っ越して来た人は、例えば金額一つとっても前より多いの少ないの、そんな面倒な役無理だの、様々意見が出ることでしょう。
頼るべき町内会が、このような状態ですから、その予算の中から神社に捻出してもらうのは大変なことだと、改めて感謝の気持ちが出てくる反面、この先ますます難しくなるのが目に浮かびます。
町内会そのものも、その存在意義を考え直し、今必要な役割や仕組みに変わる必要があるでしょう。
そのような中、若宮さんは、少しでも自助努力で財政を改善するべく動き始めたのです。
たまたま若宮さんは、宮司さん、役員さん、総代さん方のご理解が頂けたので、こうしてあれこれやっていますが、財政が安定している神社は全く違う状況にあります。
それが、神社は変われるのか⁉️というお題に繋がるのです。(ここまで長すぎ🤣)
では財政が安定している神社はどうなっているのか?
皆さんの周りにも沢山あると思いますが、
お金に困ってない神社は、壊れたら直ぐ直して、境内の木々の手入れも直ぐ業者に頼んで、中には清掃業者まで呼ぶところも。
簡単に言えば、金で済むことは全部済ませて、地域住民はほぼ何もしなくて楽でいいね。お祭りの時だけちょっと行って、お昼食べて帰るみたいな感じ。
しかも、それでも収入超過で納税するとか意味不明な運営している神社もあります。
だから、財源が無ければ必死に対策考えるけど、逆に有りすぎると何も考える必要が無いから何もしない。
しかも、こんなアンバランスが、同じ小さな地域の中にあったりします。
神社はすごく曖昧な存在に思えます。
神社本庁の包括団体の傘下にあって、
最終的な責任は神社本庁にあるように見える、
けど、実際には神社は氏子(または地域)の共有財産である面も拭えない。
しかも、宮司や神職は任命制だし、
その選定は責任役員が行い、本庁が承認するという摩訶不思議な訳がわからん制度で戦後続いているのは奇怪だ。
今、責任役員を自ら進んでやりたいという方がいったいどれだけ居るのか?
そして何年やって頂けるのか?
たまたま若宮さんの役員さんは長年やって頂いてますが、これは稀有なことです。
神社規則の中には、責任役員の資質もうたわれていて、地元の有力者や名士と呼ばれる方々が相応しく、これは名誉職だと。
地元に企業が多ければ、あまり問題じゃないかもしれないが、サラリーマンがほとんどですから、なかなか難しい。
そんな中、2〜3年やって頂ける方が見つかれば、大変ありがたいというレベルです。
お寺さんは、それぞれ住職さんがいわゆる代表取締役社長と同じだとすれば、
神社はなんとか共同組合の〇〇支店みたいな存在で、そこには代表取締役社長の席が無いのです。
だから、財政に余裕があるとこは、どこまでも無駄で怠惰な状態を放置してしまうに決まってます。
だって社長がいないんですから‼️
世の中の〇〇組合とかで、癒着、不正、横領が無くならない理由と同じですね。
いい加減に正していかないと、次の世代に笑われますよ。
町内会も、地域なんたらも、みんな似たようなもんですね。
未だに市からなんぞ引っ張るのがどうとか、いつの時代や。
そんな時代はもうすぎていかなあかんのです。
私、政治や自治体とか町内会とか、全く興味有りませんでしたし、知ろうともしませんでしたが、何故だったか思い出しました。
何も期待出来ないと、はなから諦めてたからです。
そして今、知ってしまうし、知らん訳には行かなくなって、本当に反省してます。
今からでも出来ることを、
自分で出来ることを考えて、
仲間を作って、
変化していきます。
なんか決意表明みたい^ ^
次回、神社のあるべき姿は?
何人読んでくれるんだろ?
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